至福の時間

至福の時間


「セイ、その果物を食べさせてくれないか?」
 とたん、赤くなって俯く姿を、俺は目を細めて見ていた。


 事の発端は…少し前の俺の誕生日に遡る。

「な、何がいいのか…全然わからなかったけど」
 おずおずと差し出された封筒の中身を見れば、そこに入っていたのは『1回だけ何でも言うことを聞く券』だった。
 こんなものを俺に渡して、困るのは自分だとわかっていないのだろう。
 セイらしいとは思いつつも、その純粋な想いを向けられた俺の内側はドロドロとした欲が渦巻くばかりで苦笑するしかない。高ぶる熱を少し冷ますためにも、俺は、もらった券を執務机の中へと仕舞い込んだ。

 その存在を思い出したのはつい先程。

 朝から部屋を出ずに書類と向き合っていたせいだろう。
「休憩して!」
と怒り顔でセイがやってきたのは、もう日の傾きかけた頃。
 ティーセットと新鮮なフルーツの盛り合わせを机上に並べ始めたのをみて、仕方がないと書類を片付け、筆記具を引き出しに入れたその時だ。放り込んでいた『1回だけ何でも言うことを聞く券』が目に入った。

 一旦、その存在を忘れ去ることで熱を冷ましたとは言え、セイへと向かう想いは日に日に大きくなるばかり。それが簡単に収まるはずもなく…いくら時間を置いても券の使い道を冷静に考えることなどできるわけがないのだ。
 このまま持っていても、セイをこの上なく困らせる願いに使いかねない。

 ならば、今すぐここで使ってしまおう。

 少しでもセイの負担にならないような。それでいて…俺が真に望むことを叶えた、と思えるような。

 そこで絞り出した願いが「果物を食べさせてもらう」だったのだ。


 今、正にその図が頭の中に浮かんでいるのだろう。セイの顔が赤く染まっていることから、恋人同士がいかにもやりそうなあの状況を間違いなく想像したことが予測できる。
 それが間違いでないことは、セイから発せられた言葉でわかる。
「ボク…が……シュウに食べさせる、の?」
「あぁ」
「あーん…って?」
「そうだな」
 目を細めて見ている俺に、ぷぅっと頬を膨らませて見せる。
「……ボクが恥ずかしがるのわかってて…楽しんでるでしょ?」
 名を呼ぶだけであれだけ逃げ回っていたセイだ。この程度、と思ってしまうようなことではあるが、耳まで真っ赤になるほどの反応。ほぼ予想通り。
 本当はこれ以上の無理難題が僅かでも頭を過っていた…ということには触れず。唇の端を釣り上げてニヤリと笑ってやる。
「わかっていてプレゼントしてくれたんじゃないのか?」
「わ!? わ、わわ、わかって……なかったよ! で、でも……シュウに…喜んでもらうにはどうしたらいいか、他に思いつかなかったんだもん」
 やはりわかっていなかったのか、と心の中でクスリと笑いつつ、机を挟んで反対側にいるセイに手を伸ばして染まりっぱなしの頬に指先で触れる。
「祝おうとしてくれた気持ちだけで嬉しかった」
 くすぐったそうに首を竦めて。それでも手の届かない位置に下がることのないセイの態度に、彼に想われているのだと改めて実感して愛しさが込み上げてくる。
 気持ちだけで嬉しい、という言葉に嘘はない。

 セイが、セイとして俺の傍にいてくれる。

 それだけで充分なのだから。
 しかし、人の欲というものは限りがないのもまた事実で。愛する者に何でもしてもらえる、と言う極上の餌をぶら下げられて、理性がぐらつかないわけがない。
「…だが、食べさせてくれたならもっと嬉しいな」
 ニコリと微笑みながら空いた手でもらった券を持って見せてやれば、
「………が、んばるよっ」
と、セイは力強く頷いた。


 俺にしては最小限に欲望を抑えて願ったことだったはず、だった。それでもセイにとっては相当の勇気がいることのようで、小さく切った桃を差したフォークが小刻みに揺れている。
「は、はい」
 差し出されるままに口を開けフォークの先ごと咥える。ゆっくりとフォークが抜かれるその瞬間まで、セイから目を離さなかった。
 うっすらピンク色…にまで治まっていた顔が再び紅に染まる。
「も、も、もういいよね!!」
 カチャン、と音を立ててフォークを置き、俺から逃げようとする手を掴んでグイと引っ張る。
「わっ!」
 態勢を崩した体を椅子に座った膝の上で受け止めて。その小さな体を両腕でしっかりと繋ぎ止める。
「だめだ。まだ残ってる」
「え!? こ、これ全部!?」
「当たり前だろう?」
 真っ赤な顔で目を白黒させるセイに笑いかけ、立とうとする動きを封じ込める。そして、今度は苺を突き刺したフォークをその手に持たせる。
「ほら…」
 促してみても、恥ずかしさが限界を超えたのだろう。動くこともできないその耳元で囁く。
「…食べさせてくれないのなら、別のものを食べてもいいな?」
 言い終わった口元をずらし、俺にとっては果物よりも甘い唇に軽く触れる。

「シュ…!!」

 目を見開いて名を呼ぼうとするそこに人差し指を添えて黙らせて、俺は身を屈めて低い位置にある苺を口の中へと入れる。ゆっくりと咀嚼して飲み込んだ後、再びチュ…とキスをして。

「…おいしいな」

 燃え尽きそうなほど赤くなったセイを膝に抱えたまま。俺は心ゆくまで、その至福の時間を味わった。

- end -

2016-8-21

呟きでのお友だち、k様よりリクエストをもぎ取ったブツ…。

いや、まさかのシュウ主好きさんにツイッターで出会えるなんて!!
ということで案の定滾りまして。
「俺様のように2主に果物を食べさせるシュウ」…のようなリクをいただきました。
(記録してなかったのではっきり覚えてないんですが(汗))

こんな、感じに…なり、ました……。

いや、もう…シュウ…ごめん。
やっぱり私の中で一番変態な気がする(爆)
愛のなせる業ですかね、はい。


2012.9.5完成(2016.8.21修正)