心配

心配


 もうっ! 何であたしがあんたのこと心配しなきゃいけないのよ!!
 ご主人様放ってあんたんとこにいなきゃいけないのよっ!?
 ……ご主人様を心配させたあんたがいけないんだからねっ!!?

 枕元で叫ぶあたしを、汗かいてるのに青白い顔してベッドに横になったセイが見上げてくる。
「ごめんね、葛。……別に、シュウに言われた通りボクのとこにいなくてもいいんだよ?」

 だったらバカなことするんじゃないわよ…っ。
 褒めてなんかやらないんだからね!

 言葉は全然通じてないはずなのに、部屋から出ていかないあたしに、セイは困った顔して笑うの。
 それがどこか嬉しそうで……あたしは増々怒鳴ってやりたくなるのを必死で堪えた。



 何でこんなことになったかって? あたしに聞かれてもわかるわけないでしょ!
 ……でも、きっとはじまりは、ご主人様が熱を出した時からだったんじゃないかって思う。

 それまではご主人様が働き詰めでも、それを止めるっていうよりもお茶を淹れて息抜きできる時間を作ってたセイ。自分が何もできないから、せめてできることを……っていう小さな努力をするところは認めてあげてもいいなって思ってたわ。
 そんなセイも、体調悪いのを隠して仕事してたご主人様に気付いて以来、遅くまで仕事してるご主人様に「無理しちゃだめ!」とか「早く休んで!」って口うるさく言うようになったのよね。
 ご主人様は心配してもらえることが嬉しそうで、セイの前では素直に頷いてたわ。でも、セイがいなくなれば結局残った仕事と遅くまで向き合っていらっしゃったんだけど……。

 そんなセイが、ご主人様にはいくら言って聞かせても無駄だって気付いたのは……10日前かしら。
 冬の寒さに体調を崩す人たちが続出して人手が足りなくなっちゃったのよね。おかげで普段からの仕事も滞るし、その上次の遠征先も決まってたからそっちの準備もしなきゃならないって、ご主人様は睡眠時間を削って走り回ってたわ。
 いつもセイに協力してご主人様を少しでも休ませようとするアップルちゃんまで寝込んでたから、余計にご主人様を止められる人はいなかったんだけど。
「悪いが休んでいる暇などない」
「……っ! じゃあ、ボクもボクの好きにするから!!!」
 逆ギレってこういうのを言うのかしら?
 そうやって叫んでご主人様の部屋を出て行ったセイは、その日から忙しいご主人様と同じように生活するようになったの。
 どういうことかって言うと、朝起きる時間も同じ。朝食は軽くパンを齧るくらい。昼食を抜くようなことがあればセイも取らないし、睡眠時間もご主人様と同じにするために、どれだけ眠くても時間まで身体を動かし続けるのよ?
 今までそんな生活したことないセイがやったら、身体壊してもおかしくないでしょ?

 寝不足と過労、その上城内で流行ってた風邪を拾って倒れちゃったセイにご主人様は真っ青になった。
 仕事も放り出してセイのためにホウアン先生を呼んだり、ハイ・ヨーに消化のいい食べ物作らせたりして……セイが目覚めるまで傍から離れなかったの。

「お前はなんて馬鹿なことを…っ!!」
 セイの身体が心配なご主人様は、小さな両肩を掴んで揺さぶりたくなる衝動を、拳を握り締めることで抑えてらっしゃるみたい。
 セイは、自分を見下ろすご主人様に熱で少し赤くなってる頬を膨らませるの。
「……ボクがバカならシュウも、なんだからね?」

 ちょっと! ご主人様になんてこと言うのよ!!
 ご主人様以上に頭のいい人っていらっしゃらないんだから!!

 ……って言いながらベッドに飛び乗ったら、ご主人様に首根っこ掴まれて止められちゃった。何で止めるんですかって喉まで出かかってた言葉も、いつもより大人びたセイの真剣な目を見たら飲み込むしかなかったわ。
「心配、した?」
「当たり前だ」
「……ボクも、心配なんだからね?」
 あたしを左手で抱き直したご主人様は、セイの言葉にちょっとだけ首を傾げる。きっと、そんな切り返しされるなんて予想してなかったんだと思う。
「シュウがいつか倒れちゃうんじゃないかって、ずっと心配してるんだから……」
 そこで言葉を切ったセイは、ギュッと自分に被せられた毛布を握るの。

「もうちょっとだけでいいから……自分を大切にして?」

 ご主人様が開きかけた口を閉じてしまったのは、セイがこんなことした理由が自分だってやっとお気づきになったからかもしれない。
 でも、大きく息を吐いたと思ったらしっかり頷いて……そんなご主人様にセイが満足げに笑った。
「葛」

 は、はい!! 何ですか? ご主人様!

 あたしをセイの枕元に下ろしたご主人様は、大きな手で頭を撫でてくださる。でも、それにあたしからもっと擦り寄る前にびっくりすることおっしゃるの。
「セイが全快するまで、無理をしないようにこの部屋で見張っていろ」

 ……え?!
 ええええっ!? あ、あ、あたしがですかっ!!?
 あたしじゃなくてもセイの見張りだったら他にいっぱいいると思うんですけど…!!

「ナナミの体調がよければ任せたが、今はあっちも風邪引きだからな」

 そ、そうですか……。
 あぁ、そっか。そう言えば今この城、体調不良者いっぱいだったんだ!

 真っ先に顔を覗かせるはずのナナミちゃんもアイリちゃんも、ちょっと前に熱出したってヒルダさんが言ってたのを今更思い出す。
「だ、大丈夫だよ。ボク、ひとりでもちゃんと休むから」
「信用できないな」
「う……」
 詰まった言葉が咳き込ませたのか辛そうに顔を顰めるセイに、ご主人様は溜め息を吐く。
「早く治して俺の信頼を取り戻すことだ」
 その言葉は冷たいけれど、向けられた視線はとっても優しくて……。
 大人しく頷いたセイの頬にキスをして、ご主人様は仕事を片づけにご自分のお部屋に戻ったの。


 きっとこれで…ご主人様ももう少しご自分を大切にしてくださるはず。
 セイのおかげだけど……セイのおかげだけど! 今のこの状況はあたしの本意じゃないんだからねっ!?

「ね、葛。ホントに見張ってなくても大丈夫、だよ…?」

 んもうっ! 全然大丈夫じゃないでしょ!?
 また咳が出てるし……あ、こら! 身体起こすんじゃないわよ!!!

 あんたが元気じゃないとご主人様が心を痛めるのよ。
 自分のこと以上に青くなって心配して……見てるこっちが辛くなるの。

 だから、とにかく早く治しなさいよね!?
 それまで仕方ないけどついててあげるから……。

「ありがとね」

 ……お礼を言いたいのはこっちよ。
 でも、絶対言ってなんかあげないけど、ね?

- end -

2016-8-21

N様へのお誕生日プレゼント。

葛視点のお話が好きだとおっしゃってくださったので…久しぶりに書いてみました。
久々で楽しかったです!(今回叫んでばっかですがw)

どうぞ、素敵な1年をお過ごしくださいませ〜!!


2016.1.5完成 初出:ツイロン