そこにいるだけで

そこにいるだけで


 …遅くなったな。外ももう真っ暗で、篝火以外の明かりはない…か。
 さすがに今日はいろいろありすぎて疲れたな。まぁ、俺だけが忙しかったわけではないから、仕方がないか。
 …今日中に終えなければならない書類だけ処理して、後は明日にしておこう。とりあえず、先に風呂にでも入って来るか……。

 そう考えながら部屋の扉を開け、部屋に入る。後ろ手に扉を閉め、机の方へ首を動かしている途中、俺の視線は、目に入ってきたある物に釘付けになった。
 ベッドの上に丸くなっていたのは、赤と黄の衣服をまとった幼い少年。
 俺が軍師を務めるセイラディア軍の軍主であり、何よりも…誰よりも愛しい者。
「………セイ…」
「…う、ん…? あ…シュウさん」
 呟きに気づいて目をうっすらと開けたセイは、眠そうな表情で起き上がり、ニッコリと微笑みかけくる。
「お仕事お疲れさま。今日はこれで終わり?」
 ふっと身体が軽くなった感じを覚えながら、それに答える。
「いや。これから、今日中に片付けなければならない書類に目を通す」
「そっか……あ!」
 少し残念そうな顔をしたが、すぐに表情を変えてベッドから立ち上がる。
「ボク、シュウさんにお茶を入れてあげようと思ってここにいたんだ」
 言いながらセイが近づいたテーブルを見ると、ティーセットとクッキーが用意してあった。
「今、お湯沸かしてくるから待っててね♪」
 白い陶器のポットを持ち、そう言い残して部屋から出て行くセイを見送った俺は、執務用の机へ移動して椅子に座った。
 セイが自らの部屋で茶を用意して待っていたことに少し驚いてはいた。だが、身体的にも精神的にも疲れきっていたために思考がうまく働かず、当初からの目的であった書類処理をすることにしたのだ。
 湯を沸かすのにも少しは時間がかかるだろうし、紅茶を淹れるのにもそれなりに時間は必要だ。その間に、今日中に処理しなければならない書類と、そうでない書類を分けることくらいは出来るだろう。


 書類の山を整理しながら待つことしばらく。半分と少しほど書類を分け終えたころ、
「お待たせ〜」
と明るい声でセイが部屋に戻って来た。
 それに軽く声をかけるが、顔は上げずに手を動かす。
 パタパタと足音を立てながらテーブルの横に立ち、お茶を淹れはじめるセイ。
それをちら、と横目で見ながら、最後の書類にさっと目を通した。
「はい、どうぞ」
 笑顔とともに白いティーカップが目の前に差し出される。俺は書類を邪魔にならないところに置き、代わりに湯気の立つカップを手にした。
「……いい香りだな」
「でしょ? 調理場のお姉さんの中にハーブティーに詳しい人がいてね、その人に頼んで特別にブレンドしてもらったお茶なんだ」
 香りを楽しんだ後、コクリとひと口味わう。鼻から入るのとはまた違う優しい芳香に肩の力が抜けた。
 その様子をじっと見つめていたセイが、おずおずと上目遣いで聞いてくる。
「…おいしい?」
「あぁ」
 それに頷くとパッと笑顔に変わり、側にあった椅子に座ってニコニコと紅茶を飲む俺を見ている。その暖かい視線と心地よい香りに包まれて、胸にあった重みが少し軽くなったように感じた。

 ……久しぶりにほっとしたような気がする。ここのところいろいろとありすぎたせいで、気を抜く暇もなかったしな。

 そんなことを考えながら、最後のひと口を飲み終える。
 もう1杯いるか、と聞いてきたセイに首を横に振り、
「ありがとう」
と言ってカップを手渡す。
 セイは、はにかみながらテーブルの方へ行き、カチャカチャと片づけを始める。
 俺も、さっき分けておいた書類の中で今日中に処理しなければならないものを目の前に持ってきて、しっかりと目を通し始める。
 少しして、セイがぽつりと話し出した。
「今日、シュウさん…すっごく忙しかったんでしょ?」
「まぁな」
 顔を書類に向けたまま答えると、だんだんとこちらに近寄ってくる気配がして、手を止める。
「ボク、なんでもシュウさんに任せてばっかりだから…せめて、シュウさんが部屋でリラックスできるようにって思ってお茶用意して待ってたんだ」
 視線を上げて見たセイは、何も出来ない自分を責めるような表情。
「……少しは役にたった?」
 隣に立ったまま、自信なさげにこちらを見つめるセイ。俺は、そんな彼の方に椅子を向け、その頬に右手で触れた。
「お茶などなくとも、ここにいるだけで役に立っている。俺にとっては特にな」
 心の中の真実を微笑みとともに伝えると、うれしそうに目を細める。そんなセイがとても愛しくて、ギュッと小さな身体を抱きしめ、耳元に唇を寄せた。
「……ありがとう」
「うん…」


 しばらくしてセイの身体を腕の中から開放すると、バタバタと逃げるようにテーブルまで移動する。そして、ひとまとめにしておいたティーセットを抱え、
「ボク、これ片付けて部屋に戻るから。シュウさんもあんまり無理しないで早めに寝てね」
と言って扉を開けた。
 その顔は耳まで真っ赤になっていて、とても可愛かった。
「おやすみなさい、シュウさん」
 最後にそう言い残したセイは、パタンと扉を閉め、小さな足音を立てて階段を下りて行った。


 ……役に立っていないなど、そんなことは決してない。軍主としてここにいるだけでも十分役に立っているし、何よりもセイがいなければこのセイラディア軍は存在していなかっただろう。
 何もかも1人でできる人間などいない。だから、それぞれが出来ることを分担し、1つのことをやり遂げようとしているのだ。
 セイのために動いていることは俺にとって負担でも何もないし、セイのためになるのならばと思えばこそこうやって動けるのだ。
 ……彼が何よりも愛しい者であるからこそ、俺はここにいる。セイがいなければ、ここでこうやって軍師をすることもなかっただろう……。

 ハーブティでわざわざリラックスさせてくれなくとも、俺はこの部屋でセイが笑って待っていてくれるだけで十分だ。それだけでどこにいるよりもリラックスしていられるのだから。
 当の本人は、全く気づいていないようだがな。

- end -

2016-8-21

2001.8.17ごろに書いていたものを今回修正してUPいたしました。
本筋の話からはちょーっとずれてる、ショートストーリー。
シュウ兄さんの癒しを文章にした話です。

いやぁ…表現がすんごいかぶってるわ、描写がされてないとこ多いわ…(苦笑)
未熟さに打ちひしがれてました!
いやもう、修正してもまだまだ未熟ですけどもー…。

確か、シュウ×2主好きのどなたかに、滋養と強壮のためにお贈りしたSSです。
旧サイトには結局UPせずじまいでした。


2008.8.12に修正(2016.8.21修正)