それでも今は

それでも今は


  愛し 愛され
  お前の全てを手に入れて

  想われていないわけがない
  そう わかっていても
  求めずにはいられぬものがある





「ね、シュウ。何がいい? ボク、何でもするよ!」

 ……そ、ういうことを軽々しく言うんじゃない。
 折り悪く俺は寝台に座っているし、とんでもないことを言ったらどうするつもりだ……?

 無邪気な笑顔で見つめてくる少年に内心で頭を抱えつつ、ずっと俺の中にあった小さな欲望が顔を覗かせる。

 だが、それを言ってどうなる?
 俺の名を呼び捨てることすら恥ずかしがっていたのだぞ?

 だから諦めろと言う自分を押しのけて、本音が先に吐いて出る。
「そう、ですね……では、あなたからキスして欲しいです」
 ……敬語だったのは辛うじて理性が残っていたからかもしれない。
 しまったと思う前に茹で上がった蛸のようにセイが真っ赤になるのが見え、逃げられないようその両手を掴む。
「で!! できないよ!!」
 予想通り後ずさる彼に、そうしてしまう理由がわかっていても本音を言わせた己の心がチクリと痛む。
「恥ずかしいからですか?」
「き、聞かないで!!」
 聞かれることすら恥ずかしいと首を振るセイはとても可愛い。相手が俺だからであると知っていれば余計に愛しく感じるが、それでも満たされない想いはあるのだ。

 俺はなんと欲深いのだろう。
 愛し、愛され、その心も身体も自分のものにしたと言うのに。
 もっと愛されている実感が欲しい、などと。

 年を重ねればいざ知らず、照れ屋なセイが自分から俺を求めてくることなど今は絶対に無理だと理解しているのに、それでも俺からばかりでなく彼の方から求めて欲しい。
 ……ずっと燻っていた本音を口にしてしまった今、ギリギリ保っている理性では全てを無かったことにできるほど強くはなかった。
「では、私の話を聞いていてください。恥ずかしいのでしたら下を向いていてくださって結構ですので」
 だから逃げないでくれと暗に示せば、頷いたセイから離れようとする力が抜けていくのがわかって掴んでいた手を離す。
「ありがとうございます」
 そして、己の本心を告げることに高鳴り出した胸に僅かに唇を吊り上げながら、1つ大きく息を吐く。
「あなたが私を好いていてくださることはわかっているのです。わかっていても……あなたが欲しいと求めるのはいつも私から。私ばかりがあなたを好きなのではないかと馬鹿なことを考えてしまう自分がいるのです」
「そ、んな……!!」
「そんなわけはないということもわかっているのですよ」
 顔を上げた少年の続かぬ言葉を次いだ俺は、そう言って目を細める。

「わかっていても、あなたから求めてもらうことを望んでしまう自分がいる」

 図らずも真正面から俺の想いを受け止めたことで、耳まで真っ赤に染まったセイの身体は今にも逃げ出しそうだ。だが、両方の拳を必死に握ることでなんとか踏ん張ってくれているらしい。
「何でもしていただける。そう聞いて欲望を止められなかった私をお許しください。……聞いて下さりありがとうございました。それだけで十分です」
 その逃げない努力すら愛されている証なのだと言い聞かせて己を落ち着かせ、欲望を再び押し込めようとした時だった。

「……な、んで敬語、なの…?」

 震える唇の問いに、そんな決まっていると苦々しい笑みが生まれる。
「でなければあなたを襲ってしまいそうだ」
 有無を言わせず俺から求めてもセイは応えてくれるだろう。その自信はある。だがそれは、今俺が『欲しい』と願うものではない。欲望のままに身体を繋いでも意味はないのだ。
 肩を竦める俺を、潤みだした瞳が睨みつける。
「シュウだったらいいって言った……のに…っ!」
 え、と思う間もなく近づいてきたセイがぼやけて見えなくなって……。

 唇に感じる、温かさ。

 それはすぐに離れてしまったが、再び視界にはっきりと映ったセイが首元まで赤くなっていて、今、彼からキスをされたのだと理解した。
 とたん、顔中に熱が集まり慌てて手の平で口元を隠す。

「う、そ……シュウが、赤くなってる……?」

 あぁ、やはり。そうか。
 この程度で赤面することなどこれまでなかったというのに。

「……悪いか?」
「…っ!! ううん…っ! 悪くない!!!」
 これ以上恥ずかしい思いをするのは御免こうむりたいからな。無意識ににやつく口にまで気づかれるわけにはいかないとできるだけ落ち着いた口調を心がける。

 セイの気持ちが少しわかってしまったな。

 らしくない自分を見せる照れは腰を浮かせたがったが、嬉しそうに笑うセイの顔をもっと堪能したいが故に、必死に己を寝台に縫い止める。
 と、俺の様子を見て急に我に返った少年は、恥ずかしさの限界を超えたのだろう。バタバタと扉まで駆けていく。

「ありがとう、セイ」
「ど、どういたしまして…っ!!」

 礼の言葉にちらりと振り向いたセイだったが、そう言うとすぐにドアの向こうに消えてしまった。

 逃げられてしまったか。
 ……まぁ、いい。欲しいものを1つもらったのだから。
 今はここまでで十分だ。今は。


 この日のことは、きっと死ぬまで忘れられないことだろう。





  愛し 愛され
  お前の全てを手に入れて

  想われていないわけがない
  そう わかっていても
  求めずにはいられぬものがある

  愛されている 実感

  俺ばかりではない
  お前もまた 俺が欲しいのだと
  示して欲しかった

  今 満たされた心も
  日々 貪欲さを増す己がいる以上
  いつかまた 乾く日が来るだろう

  それでも今は

  忘れられない思い出を胸に
  幸せに浸ろうではないか

- end -

2016-8-21

N様のシュウ主漫画を読んで。

同じシチュエーション(といってもほぼ最初だけになってしまいましたが)をうちのシュウ主で書いてみました!
シュウ主が違えば…展開も違うよね、と書いてる自分もニヤニヤしてしまいました。

素敵漫画読めて幸せでした! ありがとうございました!


屑深星夜 2016.1.10(正式UPは8.21) 初出:ツイッター